【生死】生きる意味、働く意味
めーめーおじさんです。
最近、同僚が倒れて生死を彷徨っていましたが、意識を取り戻したという電話がありほっとしました。そして、今回の出来事を通して色々と考ることが出てきました。
朝一の連絡
今回、九死に一生得た同僚は、既に定年を迎え会社に再雇用されていた大先輩となります。その方は、営業マンとしては鏡のような方で、紳士的で物腰は柔らかく、様々な事に明るく、仕事に対しては常に真剣で真面目、それでいて遊ぶことも上手、そして私が新人時代に大変お世話になり、定年再雇用後も部署の精神的支柱となるような方でした。
それが朝に奥様から会社に電話がかかってきて、「主人が倒れて心臓が止まっている。これから救急車で病院に行く」という一報が。
その後、もう一度が電話が入り「主人はこれからカテーテル手術を受けます」と言われました。これで、恐らく狭心症や心筋梗塞だったのかなと推測。
手術が終わるも意識が戻らないと言われ、何かまた動きがあったら連絡するという事で、チームメンバーへ仕事の分散や各取引先への対応を行いました。
バタバタしたまま数日が過ぎましたが、本日ようやく意識が戻ったと連絡を頂きました。その後、本人とも話機会を得ましたが、その時に驚いたのが・・・、
「取引先へ迷惑を掛けた」
「自分が倒れた日に予定していた商談はどうだったか?」
「次の商談に向けた準備状況はどうなっている?」
等々。一方的に仕事で迷惑をかけたと言わんばかりでした。まずは気にせずゆっくり休養してくれと言い電話を置きましたが、生死を彷徨ったとは思えない程に仕事を気にしていた様子に色んな感情が湧いてきました。
大先輩の責任感の強さに尊敬の念を抱くとともに、死ぬかもしれない状況にいながらそこまで仕事に向かい合おうとする姿勢に、何をそこまでさせるのかなという思いが出てきました。
私ならもう引退をしてゆっくりしたいなと思うかもしれません。それが、早く仕事に復帰したいという意思をはっきり示されました。
何のために働くのか?
昔、なんで働いているのかという話になった時に、「大好きなゴルフを目いっぱいやりたい。ゴルフが出来なくなった時が仕事を辞める時」という事を言っていました。
週末は毎回ゴルフに行っていたみたいですね。ゴルフ用具も都度買い換えるので、私はゴルフバックやらパターやらウッドやらを沢山頂きました。
本当に生き生きしているんですね。生きがいとはこういう事かと。特段趣味の無い私からしたら輝いていました。
九死に一生を得た時、あそこまで仕事に執念を見せたのは、趣味のゴルフというよりは仕事への責任感がそうさせたのだと思いますが、自分はあそこまで出来るかなとふと思いました。
今の私には何もないですから、「生活のため」「家族のため」と思い働いていますが、いずれ子供たちが巣立った時に、ここまでモチベーションを保てるかなと、ふと不安になりました。
今は色々なことを我慢していたりします。愚直に積立投資を行っていますし、今後30年間はこのペースでやりたいなと考えています。っが、このままでいいのかなと。
30年後にリタイアした後、ぽっくり自分が死んでしまったら、財産を家族には残すことが出来ますが、自分の人生ってなんだったんだろうと思わないかなと。
色々と考えてしまいました。
それでも決めたことは継続していきます
とりあえず一度決めたことなので、しっかり将来に向けて資産運用は愚直に続けていきます。その中でも何か家族のための他に、自分のためにどうしたら良いのか、少し考えていこうと思った出来事でした。
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